TVプロデューサーの上出遼平が、学生時代にバンド活動をともにした仲間とはじめたブランド「山岳制服振興会」。アメリカ移住、世界各国への旅、趣味の登山で得たフィードバックを、持ち前の編集センスと遊び心で再構築した〈日常と山〉をつなぐプロダクトを展開する。ファッションでもアウトドアでもない、新しい“山の装い”を提案するこのブランドを、ここでご紹介したい。



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多方面から注目の3人組が集結すると聞き、突撃インタビューを決行!
――すみません、前日深夜の連絡から急にアトリエに押し掛けてしまい……。上出さんが週明けにはニューヨークに帰るけど少し時間があるっていうのを聞きまして急遽。今回は連載6ページの取材となります。
上出:もちますかね?(笑)
――ブランド「山岳制服振興会」のことも、それを手掛ける三人のことも知らない人が多いと思いますから、いろいろお話しを聞かせてもらえたら大丈夫です。
上出:ありがとうございます。
――ブランドのことを聞く前にまずは3人の出会いから。
上出:元々それぞれしがない少年パンクバンドをやってたんです。僕と悠平は同じ中学のやつらとやっていて、茂夫は別の中学校でその学校のやつらとやっていた。それでライブハウスでよく会ってたんですよ。茂夫たちと僕たちはちょっと毛色が違っていたけど。
悠平:僕らは高円寺の「20000V」で見たバンドをコピーしてやっていた。
上出:ほんとに下手だったね。メイクして鋲ジャンきて。茂夫のバンドは結構ストリートでディッキーズにコンバースとかヴァンズって感じ。僕らはマーチンにジョージコックス派。でもライブハウスで一緒になっては茂夫たちのことを意識していた。最終的に僕たちのバンドにヘルプベースで入ってもらったりしてた。
悠平:なんだかんだ茂夫の格好が、僕らから見たらかっこよかったから仲良くなりたかったのかもしれない。
上出:確かに。茂夫は3ピースバンドで、茂夫以外の二人がさらにスケーターパンクなスタイルだった。茂夫が一番仲良くしてくれたよね。他の二人はイケイケだったじゃん。やってやるぞ!みたいな。
茂夫:そんなことないよー(笑)
――何せ中学高校からの仲だったと。それからなぜブランドを始めるように?
上出:僕がニューヨークに引っ越したのが2年前なんですけど。イーストビレッジというエリアに若いスケーターの子がいっぱい住んでいて、彼らの店が仲間内でポツポツできてる。物量も少ないし、クオリティもめっちゃ低いのに。でもやっちゃう。そしてみんなが応援している。スケートというカルチャーがあってコミュニティが強いから成り立つんだけど、一番楽しそうじゃんって思った。ボクは山歩きをずっとやってきているし、こういうことを昔からいる仲間とやりたいなって。確かその前に偶然会ったんだよね?
茂夫:そうそう。ニューヨークに引っ越すちょっと前。目黒川沿いで。
上出:太賀くん(ミッドナイトピッツァクラブを上出さんと共に運営する俳優の仲野太賀)のアラスカ準備をしていて、マウンテンリサーチに鍋買いに行ったときに偶然。15年ぶりくらいかな。何やってるの?って聞いたら工房でいろいろ作ってるよーと。そのときはそれでじゃあねーって。話は戻りニューヨークでブランドをやりたいと思ったときに、そうだ茂夫がモノ作りやってるって言ってたなって。悠平とはまあずっと一緒にいたから。
悠平:なんかちょこちょこね。
上出:悠平がアウトドア業界の仕事を辞めてミシンでモノ作りを始めてるって知っていた。もともとしがないパンクをやってたやつらがモノ作りしてて、悠平は山もやってるしって思い、二人に「山岳制服振興会」って企画書を書いて送った。そしたら悠平から「これがやりたかった」って返信がきた。
悠平:恥ずっ!(笑)。すでにその企画書の中に道具とか出てたからおもろーって
なって。シドビシャスのパドロックチェーンをチタンで作るとか。
上出:あとつなぎね。まだできてない。
悠平:山岳つなぎ。山でも着られるやつ。
――思い立ったときにもうブランド名はできてたんですね。
悠平:すぐにロゴ作るぞってなったよね。なんでこのマークになったんだっけ?
上出:ブランドのロゴは三角形の実印でできているんですよ。有名な印鑑職人さ
んに無理を言って三角形で作ってもらって。だから納品されたのは印鑑だった。
悠平:そうだ思い出した。なんかデザイナーにお願いしたらお金かかるから、印鑑でいいんじゃない?ってなったんだよね。どんなのができるかわかんないけど〝山服会〞でお願いしますって。そしたら印鑑の値段がめちゃくちゃ高かった(笑)。
上出:読めないけど気に入ってるよね。
茂夫:どんなものも不思議と三人で出てきてる感じはあるよね。
上出:独特な塩梅を共有している感じがある。今回製品化した御守りとかもそうだけど。パンクが好きじゃないですか? でもだからってドクロとかじゃない。なんて言えばいいのかな。モチーフが、もうちょっとオシャレなんですよ、我々は(笑)。
茂夫:印鑑とか手ぬぐいとかね。
悠平:感覚は近いよね。バンドやってたからなのかわからないけど。提案したときにそれはないよ、みたいなのがない。
茂夫:だいたい悠平のアイデアがぶっとびすぎててヤバいけど。
上出:まあ茂夫が一番いろんなメーカーから依頼を受けてたくさんモノを作ってきているから、一番リアルな線をジャッジしてくれている。元の着想みたいなのは僕。ほんとに突拍子もないこと言うのが悠平。眼鏡を陶器で作る!みたいな。
――そもそもなぜ「山岳制服振興会」って名前になったんですか?
上出:なんでもアメリカと日本を比較するのもどうかと思うけど、アメリカで山に行くとみんな好きな格好で歩いている、でも日本の山に行くとやっぱりみんな似ている。もともと街でこうじゃなきゃダメみたいなのが嫌で山に行くのも理由のひとつだったりするのに、余計に周りの目を気にしているというか。そのレイヤリングじゃダメなんじゃない?みたいな。だからなんでもいいじゃんっていうのを提案したくて、そういう製品にあえて制服という固い言葉を使った。
――ブランドでは最初にどういうものを作ったんですか?
茂夫:フリースTかな?そのあと山岳ケツ当てだったかと。
上出:そうそう。半袖のフリース。ボックスシルエットで、XLのみ。目的がはっきりしていないし、何にも特化していない。中途半端だけどちょうどいいんですよ。二つ目に作ったのは山岳ケツ当て。パンクの連中がベルトループにくっつけてケツからぶら下げているバムフラップってわかります? 路上でたむろするときそれを敷くとお尻が汚れないってアイテムなんです。ネパールでは絨毯みたいなのをぶら下げている人がいるし、山口県の民芸にもそういうものがある。山登りでいちいちシートを引っ張り出すのも大変だけど、この山版バムフラップをぶら下げていればいい。表地がウルトラで、裏地がDCF、中にマイクロファイバーの柔らかいフリース生地を一枚入れていて、でかいサコッシュとしても使える。このサコッシュもほんといいよね。
茂夫:洋服とかを入れると枕にもなるし、敷けば雪にも座れるしね。

――で今はどれくらいアイテムのラインナップがあるんですか?
上出:まだ2年目なので全然ですけど、フリースTは改良して新しいの作っていたり、バムフラップが良い値段するから、もっとコストパフォーマンスに優れたものをナイロン生地で作っていたりもする。ちなみに今手元には、カメラバッグのサンプルなんかも。DCFでカメラバッグを作ろうとすると、どうしても設計がナウな感じになってしまう。それをもっと昔からあるような雰囲気にしたくて、実現したのがこれ。「ハイサンソウ」という悠平がやっているバッグのブランドに〝魔改造〞という古いものをまるごと作り替える取り組みがあって、このカメラバッグもそのプロジェクトとしてできた。バックパックも面白いのを考えている。
悠平:企画書送ってきてたよね。
上出:僕はいろんな旅をしてきているから、特にカバンは本当に必要なものといらないものがきっちりとあるんです。このカバンならどこまでいけるだろうっていうのが透けてみえるくらい。日本の山はいけるけど、アメリカだとちょっと不安だなとか、どんな山もいけそうだけど、これでアフリカに行ったら狙われそうだなとか。だから、地球上の網羅率の一番高いバックパックを作りたいと思っている。拡張性、シンプルさ、リッチに見えない、修理が可能か、とかいろんな要素をクリアしたもの。その上でちょっと古臭いのがいいっていう好みも出ちゃうからややこしいんだけど。
茂夫:いつも何言ってるんだろうこの人たちはって思いますよ(笑)。儲けもまったく考えてないし。
上出:ほんとに苦労かけてる。御守りも作った。中に縫い針と糸と補修用の生地が入っていて、本当に持ってると有難い御守り。マップが入れられる大きい御守りもある。御守りで我々は今後メシを食おうと思っています(笑)。
――取扱い店とかは?
上出:今のところ卸しはしてなくて、イベントごとでしか売ってないんです。というのも卸しをするなら商品の上代をもっとあげないといけないし、そもそも今の僕たちが作る量だと卸すのさえ難しい。2024年5月に都内で〝歩き売り〞っていうイベントをやったんですよ。人が並びすぎて、目的地に到底辿り着けなくて結局タクシーに乗った。
悠平:誰も来ないだろうからビールでも飲みながらなんて考えで、浅草寺発で世田谷「山荘飯島」着にしていたんですけど。
上出:インスタで今この辺ですーとかやっていく予定が、お客さんと結構話し込んだりするから全然進まなくて(笑)。「山荘飯島」にもお客さんがいたから大慌て。
悠平:「ムーンライトギア」でもお客さんをお待たせしちゃってたし。
――SNSフォローしていないと追いかけられないってことですね。
上出:はい。だからもっとこまめにやらないとなって思ってるんですけどね。今後どうしていこうかね、我々。
悠平:前に言ってたけど、振興会なんだから、そういう動きをしないといけないんじゃないかな。
上出:会員になってくれた人は安く買えるようにしたり、あとその一部の人にテスターをやってもらったりもしたい。
茂夫:あと、ニューヨークのお店もあるんじゃない?
――確かに、イーストビレッジのスケートショップを見てやりたいと思ったと。
上出:そうだそうだ、じつは物件を借りたんです。2月までにはオープンします。アメリカ人に御守り怖いって言われるけど、とんでもない額が垂れ流しになるので今からマジで頑張らないといけません(笑)。
多摩のアトリエに潜入! 作戦会議を覗き見た。
上出さんが帰国中に作戦会議をしているという情報を聞きつけ、ニューヨークに戻る数日前にアトリエを訪問。3人がどんな場所でモノづくりをしているのか、どんなモノを製作中なのか、拝見させてもらった。



ブランド始動時に行われた歩き売りイベントとは一体!?

オンライン販売やHPなどもなく、インスタグラムをチェックしておかなければ、彼らの動向を追うことができないのも「山岳制服振興会」のおもしろさ。なかでもゲリラ的な歩き売りイベントはその最たるものだった。
2つの商品(フリースTと、山岳ケツ当て)を引っ提げ、浅草寺を出発。岩本町・ムーンライトギアや代々木公園を経由し、ゴール地点となる世田谷・山荘 飯島までシティハイク。お酒でも飲みながら、なんて予定が思いのほか購入希望の客が集まり、なかなか前に進めず、結局タクシーを使わないと目的地まで辿り着けなかったほどだったとのこと……。






ほかイベント時でも製品が並ぶこともあるが、次の歩き売りイベントが楽しみだ。
山遊びに潜むコンサバ思考に一石を投じるアイテムを発信。
ありそうでなかったとかじゃなく、普通になかったユニークなものを手がけるのが「山岳制服振興会」の魅力。アイテム数はまだまだ少ないけど、それはなんでも作るのではなく、一挙手一投足が本気であることの表れだ。

フリースT 各¥17600
フリースなのにあえて半袖に。機能と無縁のアイテムのようにも思えるが、XL相当ワンサイズのオーバーサイズだから、アウターにもインナーにもなり、快適な着心地で着まわし自在な逸品。

¥2750~
こちらはサンプル品だが、過去にフリースTの購入者向けに、メッシュポケットを後付けできるワークショップを実施したことも。現在は、ポケット付きをカスタムオーダーすることが可能。

バムフラップナイロン 各¥6600
70年代のパンクカルチャーから誕生した、路上に座ることの多いパンクスたちが腰に巻くバムフラップを山仕様にアレンジした、いわゆる“ケツ当て”。ストラップを伸ばせばサコッシュになる。

手拭い ¥2200
印鑑職人につくってもらったという三角のブランドロゴと、山岳制服振興会の文字がプリントされた手ぬぐい。こちらは染めによる風合いが絶妙な新色で、使うことで独特の色落ちも楽しめる。

山御守り 特大 各¥8800
DCF製の大型御守り。ちなみに柄は熱で気化させたインクを繊維に染み込ませる昇華プリントを用いている。軽量で防水性もあるうえ、強度もあるから、小物を入れるポーチとしても使える。

山御守り 各¥4400
ダイニーマコンポジットファブリックの御守り。本来の御守りに施されている模様とブランドロゴをプリントしているだけではなく、中にはリペア(裁縫)道具が入っていて実用性もある。
(問)山岳制服振興会 instagram:@sanpukukai
Photo/Yusuke Abe(Image)、Shouta Kikuchi(Item)
Report & Text/Naoto Matsumura










