いまから50年前。南極付近、パタゴニアで風速50mという暴風が吹いた。数多くの探検隊のテントが吹き飛ばされる中、唯一無事だったのがザ・ノース・フェイスの「Oval InTENTion(オーバルインテンション)」だった。
そんな伝説のテントが生まれてから50年。現代のテクノロジーをまとって復活した新生「オーバルインテンション」を、気になるディテールや開発背景など、さまざまな方面から深掘りしていきたい。

Table Of Contents : 目次
新生オーバルインテンションを徹底チェック!

クリエイティブディレクター。アウトドア、スポーツ、ファッションを軸に、コンテンツ制作やプロダクトデザインなど、様々なプロジェクトに携わる。屈指のギアマニアとしても知られていて、GO OUT本誌で「Lookin’ Back On Trail」を連載中。
過去に初代オーバルインテンションを所有していた経験を持つ、アクタガワタカトシさんに実物を見てもらうことに。GO OUTでもお馴染み、屈指のテントマニアであるアクタガワさんの目に、新生オーバルインテンションはどう映るのか?
―初代を所有していたことがあるんですよね?
アクタガワ:以前、ネイビーと黄色の初代オーバルインテンションを海外オークションで購入したことがあります。とても特徴的かつ歴史的なテントですし、ザ・ノース・フェイスを象徴する存在ですから、どうしても張ってみたかったんです。やっぱり実物を自分で張ってみてあらためて美しいテントだなと思いました。

―ディテールなどはどんな感じでしたか?
フライシートはハーフフライ、いわゆるビキニフライでしたね。そしてポールはイーストン。じつはイーストンはオーバルインテンションのためにテントポールを作り始めたんです。そうして世界で初めて誕生したのが、今では当たり前になっている内属ゴムで繋いである分割式のアルミポールです。
当時のテントといえばAフレームが主流でポールをしならせる必要がなかったので、すごく革新的な作りです。オーバルインテンションがなかったら、アルミポールの進化はもう少し遅れていたかもしれません。

―構造自体は変更なさそうですか?
見たかぎり、構造自体はオリジナルとまったく一緒ですね。世界初のジオデシック構造のテントということで、バックミンスター・フラーの名前がよく挙げられますよね。もちろん理論自体は彼が考案したものですが、テントに流用することを閃いたのは、ボブ・ギリスというテントマニアなんです。バックミンスター・フラーの講義を受けて思いついたらしいです。ちなみに現役でまだテント作ってますよ。WEBサイトもあります。
―アップデートされたポイントで気に入ったものは?
ポールを通すリングも昔は裏側が革製のワッシャーのようなもので固定されていて、味はあったけど防水性や強度は若干不安な感じでしたね。ファスナーにしても大きいものを採用していて、ヴィンテージの古着のような雰囲気がありました。あれはあれで、マニア心をくすぐりますが、使い勝手で考えたら断然いまのやつですね。メッシュパネルとか、細かい箇所が上手にアップデートされている印象です。

このテントって中で寝転んだときの景色も良いんですよ。カラーがホワイトになることで、より構造体の美しさが強調されている感じがありますね。両サイドが開くようになったのも良いアップデートです。
便利さはもちろん、開放感もあります。こんど一晩泊まって、もっとじっくり過ごしてみたいです。オプションで良いので、オリジナルと同じハーフフライがあったら、さらにうれしいですね。

―新生オーバルインテンション、アクタガワさんがいま使うなら?
オーバルインテンションの最大の魅力はやっぱり構造体の美しさだと思います。50年前の作りなのにいまでもオーバースペックなところもマニアには響くと思います。だからその構造体を思う存分愛でるために、フライはかけずにタープと組み合わせて使ってみたいかな。ザ・ノース・フェイスの“スタープ”とも相性良さそうですね。

ギアマニアからしたら、50年前の当時のまま復活させて欲しいという意見もあるかもしれません。でも、この正統進化というアプローチは個人的にとても良いなと思いました。現代でもしっかり使えるオーバルインテンション。50年たった今でも唯一無二の存在だと思います。これを今作ろうと思った心意気に拍手です。
開発者インタビュー。新生オーバルインテンションに込めた想いとは?

2メータードーム(写真左)や、ジオドーム4(写真右)などジオデシック構造の名作テントを生み出して来たザ・ノース・フェイス。その原点であるオーバルインテンションが生誕50周年の節目に復活、ということでザ・ノース・フェイス的にも本気度MAX。
この開発に携わったザ・ノース・フェイスの宮久地拓実さんと大皿知可子さんにお話を伺いました。
―お二人にとってオーバルインテンションというテントはどういう存在なんですか?
大皿知可子さん(以下、大皿):世の中のテントがAフレームが主流だった時に、ザ・ノース・フェイスが世界ではじめて作ったジオデシック構造のドームテントですが、世界初に挑戦するというブランドの姿勢を象徴していると思います。くわえて、機能が美しさに直結しているという点や、バックミンスター・フラーの「DO MORE WITH LESS(最小で最大の効果を成す)」という思想は、ザ・ノース・フェイスのデザイン哲学そのもの。その理念を体現するテントとして、いち作り手としても深く感銘を受けています。
宮久地拓実さん(以下、宮久地):僕の中では伝説のテントです。入社当時から、風速50mに耐えたなど、オーバルインテンションの話はよく聞かされてきました。テクニカル系はもちろん、オートキャンプ用のテントを開発する際にも、つねに頭のどこかにオーバルインテンションという指標はありますね。

―50周年ということで、復活させた経緯は?
大皿:構造自体は、現代でも十分高性能なので、それを元に現代の技術でオーバルインテンションを作ったらどういうものになるのか。さらに今までオートキャンプ用のテントに採用してきたディテールなどを盛り込むことで、新しいオーバルインテンションを作ろうという、ある種チャレンジの要素も強かったです。
宮久地:「復刻」という言葉は使わないようにしました。50年前を振り返るのではなく、これからの50年に繋いでいけるような、未来を示すテントを目指しました。
―今回アップデートを施したのはどんな箇所ですか?
大皿:もっとも大きな変更点は素材です。フライとインナーには、ザ・ノース・フェイスがパリ・オリンピックのクライミング競技用ユニフォームにも採用した、世界初の二酸化炭素由来の環境配慮型循環素材を使用しました。さらに無染色の生地を選ぶことで、製造過程における環境負荷をできるだけ抑えています。
生地裏面にはメタリックコーティングを施し、日光の反射率と遮蔽性を高めることで、テント内部の温度上昇を抑える工夫も加えました。現代のより厳しい気候環境の中でも快適に過ごせるよう、細部まで仕様を見直しています。

―初代はポップなカラーリングでしたが、今回は無染色のホワイト。近未来的で格好良さもありますね。他になにか新しい点は?
宮久地:オートキャンプでの使用を快適にするために、いろいろとディテールをアップデートしています。大きいものだとポールに配色されたことです。3種類の長さのポールを使うんですが、それぞれ色分けすることで設営をより簡単にしています。設営のしやすさというのは安全面にも繋がると思っていて、いま開発しているキャンプ用テントでも強く意識している要素なので、そこは取り入れたかったですね。
大皿:他にも、テント内からアクセスできるメッシュのベンチレーションだったり、インナーポケットなど現代のテントだったら当然付いているものをプラスしたり、フライの前室をポールで跳ね上げて、タープのように使えるようにしています。さらにウィングを付けることでサイドからの日差しを効果的に防いだり、様々なキャンプ用テントのアイデアを取り入れた形ですね。

宮久地:どこまで足すかはかなり迷ったポイントでもあります。オリジナルのオーバルインテンションを取り寄せて、完成形に近いサンプルと並べて張って、改善点をかなり綿密に検討しました。
―ただ復活させるだけじゃなくて、きちんと今まで培ってきたノウハウが反映されているワケですね。ほかにここに注目してほしい、というポイントは?
大皿:個人的には、実際に設営しているときの高揚感が良いなと思っています。徐々に構造体として完成していく、その過程も楽しんでいただきたいですね。それもあって設営のしやすさはこだわったんです。
宮久地:テントを張った状態でポールを持って、グラグラさせてみて欲しいです。信じられないくらい剛性があるので、この構造の強さを身体で実感してもらえたらうれしいですね。

―開発したご自身は、どんな使い方をしてみたいですか?
宮久地:僕ら開発チームのひとつのキーワードとして「地球の余白を巡る」というものがあります。僕自身、野営が好きで様々な場所でテントで寝てきました。このオーバルインテンションはもともと極地探検用のものなので、オートキャンプ場に限らず、アクティビティなどと絡めた、よりハードな局面でも使ってみたいですね。
―たしかに、少人数のエクスペディション用テントとしても優秀ですよね。
宮久地:オートキャンプで使って欲しいというのはもちろんなんですが、このオーバルインテンションが、より深い自然に入っていくきっかけになってくれたらとても嬉しいです。
小林節正さん監修のミニチュアも登場。

オーバルインテンション生誕50周年を記念したグッズも続々登場。注目を集めているのが、マウンテンリサーチの小林節正さんが監修した「オーバルインテンションミニ」。
「もともと小林さんと記念グッズを作るという話はあったんですが、なににしようかとなったときに、小林さんが好きなセールスマンサンプル(営業用のミニチュア)の話になったんです。その提案がとても素敵で、ぜひやりましょうという話になって完成したのが、このオーバルインテンションミニです。

構造はもちろん、ファスナーの仕様などすべて実物と同様。とくにこだわったのがポールで、通常のセールスマンテントはファイバー製なんですが、これは実物同様、中空のアルミです。何度も試行錯誤しながらようやく実現できて、小林さんにお褒めいただいたときはとても嬉しかったです(ザ・ノース・フェイス:大皿さん)」

オーバルインテンションがモチーフとなったトートバッグとTシャツも登場。どちらもニューヨークを拠点とする現代ビジュアルアーティスト・Jordan Nassar氏によるグラフィックで、アイコニックなデザインに仕上げられている。トートバッグはポール部分が刺繍になっていて、実際に組み上げたときの上下関係まで再現されたこだわりの一品。
復刻ではなく、50年先を見据えた新たな挑戦。

ギアマニアも、現代のキャンパーも、そしてもしかしたら極地を旅する人々も。みんなに響く新生オーバルインテンション。今回、実際に見て関係者に取材させてもらって感じたのは「復刻じゃない」ということ。
環境配慮やディテールのアップデートなど、50年の間にザ・ノース・フェイスが築いてきた技術やノウハウがふんだんに盛り込まれている。50年前のものをただ現代に復活させるのではなく、50年先の未来を見据えたザ・ノース・フェイスの挑戦でもあるのだ。
Photo/Shouta Kikuchi,The North Face提供
Report & Text/Takashi Sakurai
(問)ゴールドウイン カスタマーサービスセンター tel:0120-307-560 www.thenorthface.jp/

